2024年12月発行
《注目記事》
認知症未来社会創造センターと研究成果のご紹介
・チャットボットを用いた情緒支援の臨床実証研究/理事長 認知症未来社会創造センター AI部門 チャットボット担当 鳥羽研二
・アミロイドPET読影解析支援ツールの開発と実装/認知症未来社会創造センター AI部門 部門長 PET担当 石井賢二
・AIを用いたMRI神経画像診断について/AI部門 AI診断担当 亀山征史
《その他(PDFでお読みいただけます)》
・2024年の総括及び新年のご挨拶
・第171回老年学・老年医学公開講座開催レポート
・やってみよう!QRコードの読み取り方法
・コールドスプリングハーバー研究所研究会参加レポート
・視察レポート~海外から注目される日本の高齢者医療・介護予防~
・タイ・マヒドン大学シリラート病院医学部との学術・教育交流に関する協定締結式を終えて
・第172回老年学・老年医学公開講座 開催のお知らせ
・主なマスコミ報道
・編集後記
理事長・認知症未来社会創造センター AI部門 チャットボット担当 鳥羽研二
独居高齢者や軽度認知機能障害、フレイルは高齢化の進展に伴い増加の一途をたどっています。さらに、過去3年間のコロナ禍により、フレイルは約5割増加し、認知機能への悪影響も報告されています。当センターで、特にフレイルになりやすかったのは「独居で社会的交流が少ない方」でした。猫を飼っている場合でも、ただ餌をあげるだけではなく、話しかけることで脳がより活性化するという研究結果を踏まえ、当センターでは「心のモーターを起動する一助」となる「対話型情動支援AIチャットボット」の開発を行っています。
本研究開始時には、ChatGPTなどの生成AIは未熟で、流暢な会話に程遠いものでした。そのため、季節、名物、人物、食べ物、趣味、仕事、家族などのシナリオドメインを班員と委託先とで作成しました。70-80歳の方々を念頭に、回想法のテクニックを用いて構成されています。その後生成AIも進歩し、現在では雑談も含めて20分以上の自然な会話が可能となりました。この開発の経緯は読売新聞(2023年4月28日付)にも掲載されました。その一部を抜粋してご紹介します。
「案外、楽しいものだね」 写真:開発中の「情緒支援型チャットボット」を試した後、感想を話す男性 チャットボットとは、利用者と自動的に会話できるプログラムだ。同センターでは、利用者の年齢や出身地を登録すると、体調のほか、子どもの頃の体験や地域の祭りといった昔話もできるように設計した。 男性はこの日、主治医で同センター理事長の鳥羽研二さんが見守る中、タブレット端末の画面に登場した女性キャラクターとの会話に挑戦。「春ですね。入学式のことを覚えてますか」と聞かれると、「はい。大きな声で返事しましたよ。あの時はね......」と、うれしそうに語り始めた。 その様子に、妻は「家じゃ、こんなにしゃべらないです」と目を見張る。 |
2024年4月より、国立長寿医療研究センター、杏林大学、当センターコホートにおいて、情緒支援型チャットボットの使いやすさや満足度の調査を実施しています。概ね満足度は高かったものの、慣れや使いやすさには個人差が見られました。今後も機械学習を重ねることで、より自然な会話機能を完成させ、意欲、会話量、外出機会などのフレイルや認知症予防に資する「心のモーターの活性化」となる指標を測定していきたいと考えています。同時に、社会実装に向けて介護施設での検証を進めるとともに、会話システムを搭載するロボット、ぬいぐるみ、スマートフォンなどを高齢者の好みやニーズを調べつつ検討して参ります。
共同研究者(姓のみ敬称略)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 清家、武田、櫻井、荒井
杏林大学 庄司、永井、神﨑
地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター吉岡、亀山、笹井
認知症未来社会創造センター AI 部門 部門長 PET 担当 石井賢二
アルツハイマー病で脳に蓄積するアミロイドβ蛋白を取り除き、進行を抑える初めての治療薬レカネマブが2023年に承認されました。2024年には同様の効果を有する2番目の治療薬ドナネマブも承認され、認知症治療は新たな時代を迎えました。脳にアミロイドβの蓄積があるかどうかを確認する方法がアミロイドPETであり、画像を視覚的に読影して蓄積がある(陽性)か、ない(陰性)か、を判定します。この判定は治療薬を使うかどうかの決定的な根拠となる大変重要な診断であり、一定のトレーニングを受け学会の資格を有する専門医が行いますが、読影の手順は複雑で、判定の難しい境界例も存在します。私たちは、関連企業と共同研究を行い、この読影プロセスを効率的に支援するシステム2件を開発しました。
ひとつは株式会社Splinkと 共 同 開 発 し たBraineer Model Aと い う シ ス テ ム で、 FlutemetamolとFlorbetapirという2 種類のアミロイドPET診断薬に対応しています。PET画像の傾きを直し、適切な色調で表示するところを自動的に処理します。MRIがあればPETと正確に重ね合わせた画像も自動的に表示されます。3方向の断面で脳全体を自由に往き来することができ、まさに飛ぶように軽やかに、しかも正確に読影が可能になります。読影しながら速やかにレポートを作成する機能もあります。論理的に矛盾のある入力をチェックし誤記載を防ぐ機能も搭載しました(特許申請)。このような支援システムの導入により、読影時間を短縮し、精度の高い読影が実現できます。アミロイドβの集積量の指標となる数値(SUVrやCentiloid) も計測し提供できます。
既に単体のソフトとして複数の病院に導入されましたが、今後は一般の病院で使われている汎用の画像診断システム(ビューワ)や撮像装置のコンソールに組み込んで更に普及させる計画です。
もう一つは、日本メジフィジックス社と共同開発したVIZCalcというソフトで、Flutemetamolに対応しています。脳にどのくらいの量のアミロイドβが蓄積しているかを示す数値を全自動で精度高く計測することができます。様々なレベルの集積の画像でも、適切に処理して正確な計測ができるように共同研究で開発したアルゴリズムを搭載しています。このソフトで計測した数値は、視覚読影をする際に参考にすると診断の精度が高くなるという効用が期待されます。また、アミロイドβを除去する治療薬の効果を判断する際にも参考にすることができます。このソフトも薬事認証を経て、現在国内の100以上のPET施設に導入されています。これに加え、アミロイドβが集積している場所を自動的に検出して表示できるソフトの共同開発に着手したところです。
画期的な治療薬の診療を支えるアミロイドPET診断に役立つシステムをタイムリーに開発し診療の場に提供できたことは大きな喜びです。
▼アミロイドPETについてのさらに詳しい解説はこちらの動画をご覧ください。
認知症未来社会創造センター AI 部門 AI 診断担当 亀山征史
認知症未来社会創造センターでは、東京大学工学部・松尾研究室と共同で、AI技術を使ってMRIのT2*(T2スター)画像から微小脳出血を検出する「脳疾患診断システム」の開発を進めています(写真)。このシステムにより、微小脳出血の見落としを防ぎ、認知症の診療の質を高めることが期待されています。
微小脳出血とは、脳内の細い血管が破れた際に生じる微小な出血の痕跡です。この出血はアルツハイマー病などの認知機能障害と関連があるとされており、特に血管にアミロイドが付着すると出血リスクが高まることがわかっています。また、認知症の新しい治療法として承認されたアミロイド抗体治療薬(レカネマブなど)も、血管のアミロイドを取り除く過程で微小出血が発生する副作用が知られています。そのため、アミロイド抗体治療薬の適応判断や副作用のモニタリングには、この診断システムが有用であると思われます。
開発当初は比較的簡単に進むと考えられていたのですが、微小出血だけでなく血管も黒く映り、両者の判別が難しいという課題が浮上しました。また、AI学習用データの準備として、医師が微小出血を特定してアノテーション(データに注釈をつける作業)する必要があり、診療の合間にその作業を行うことが大変でした。最終的には、業者がマニュアルに基づいてアノテーションを行い、医師がチェックする体制に整えることで解決しました。
現在、このシステムを医療機器として実用化するため、PMDA(医薬品医療機器総合機構)との事前相談の準備を進めています。
また、白質病変の分類プログラムの開発も進めています。正確に白質病変の状態を分類できると、認知症リスクの早期発見と予防に役立ちます。白質は脳の中で情報を伝達する重要な部分ですが、虚血によりダメージを受けることがあります。虚血が深刻になると脳血管性認知症のリスクも高まるため、この白質病変を「Fazekas(ファゼカス)分類」で評価することが役立ちます。「Fazekas分類」は白質病変を4段階に分けて評価するもので、白質病変なし(Grade 0)、軽度(Grade 1)、中等度(Grade 2)、重度(Grade 3)と分けられます。分類プログラムではGrade 1から3まで学習させたところ、Grade 1と3の判別は良好でしたが、 Grade 2は分類が難しく、AIの誤判定の多くがここに集中していました。人間でも判断が難しいケースが多く、これが誤分類の原因の一つと考えられます。このシステムの開発は今後の課題となります。
写真 「脳疾患診断システム」で検出された微小脳出血が□で囲われている
▼AIについてのさらに詳しい解説はこちらの動画をご覧ください。
※研究所NEWS PDF版では更に多くの写真などをフルカラーで掲載しております、是非併せてお読みください。